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戦国時代の川中島の戦いで上杉謙信が武田のキツツキ戦法を見破れたのはなぜですか?

sak********さん

2011/9/1221:50:51

戦国時代の川中島の戦いで上杉謙信が武田のキツツキ戦法を見破れたのはなぜですか?

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tsm********さん

2011/9/1222:31:27

①去る十日、信州河中島に於て、武田晴信に対し、一戦を遂ぐるの刻、粉骨比類なく候、殊に親類・被官人・手飼の者、あまた討たんがため、稼ぎに励まるるにより、凶徒数千騎討ち捕らえ、大利を得候事、年来、本望に達し、また面々の名誉、この忠功、政虎一世中、忘失すべからず候、いよいよあい嗜み忠節抽かれ簡要に候、恐々謹言、

②今度信州表において、晴信に対し一戦を遂げ、大利を得られ、八千余討ち捕られ候事、チン重の大慶に候、メズらしからざる義に候といえども、自身太刀打に及ばるの段、比類なき次第、天下の名誉に候、

①は川中島の戦いの後、中条藤資・色部勝長・安田長秀・垂水源次郎・松本忠繁に出された感状で、②は関白近衛前久が上杉謙信に宛てて書いた書状です。
これらの史料からわかることは、永禄4年9月10日に信濃国川中島において上杉謙信と武田信玄が戦い、中条・色部らが奮戦、謙信自身も太刀を取って戦ったということだけです。
戦いの内容を具体的に書いているのは、近世の『甲陽軍鑑』や『川中島五箇度合戦之次第』といった軍記物で、いずれも創作された物語です。

質問した人からのコメント

2011/9/12 22:36:13

驚く 頑張りましたね・・

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his********さん

2011/9/1222:15:13

伝説では海津城より立ち上る夕餉の炊飯の煙を見て武田軍が動くのを察知したとされていますが、実際は武田陣営内に潜ませていた間者からの報告があったのではないかと思われます。

pla********さん

2011/9/1222:05:27

そもそも啄木鳥戦法はなかったという説があります
濃霧の中、移動していた武田・上杉両軍の遭遇戦だったという

pun********さん

2011/9/1221:56:36

一説では、武田軍の晩飯の湯気がいつもより多いとの報告を受けて、出陣すると読んだ…と言われてます。

また、上杉軍も霧が出るのを待っていて、たまたま両軍が動いたタイミングが同じになった…との見方もあります。

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