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★菩薩様や仏様は、なんと言うでしょうか?★

fai********さん

2011/10/2318:20:18

★菩薩様や仏様は、なんと言うでしょうか?★

阿弥陀様(仏様)のお経には修行が出来ない、一般の人が救われるが修行で悟りに近づけるものが救われないとはどこにも書いていないのですが、どうにも誤解を受けやすい阿弥陀様(仏様)ですので、質問して見ます。

「なぜ、修行をするものが悟りを開けるというのに、悪人が悟りを開けないというのでしょうか?」

そもそも修行を行ない仏になろうというものは、修行している間は、人を悟りに導きたいということを忘れていて、その間は、人を悟りには導いていないということになぜ気づかないのでしょう。小さな乗り物に乗って、自分ひとり極楽浄土(天国)へ行こうというのでしょうか?
阿弥陀様(仏様)は、すべての人を大きな乗り物に乗せて、極楽浄土(天国)へ連れて行くことを人間であったときに目標にしていたのです。それを達成して、仏様になられたのです。

あなた方、修行をして悟りを開こうという人が、悪人は救えないとでも言うのでしょうか?

もしも悟りを開く事ができるとしたら、悟りを開こうと修行したのだから、阿弥陀様(仏様)にすがって悟りを開きたいという人たちに阿弥陀様(仏様)に教えてもらったことを、修行が出来ない人や悟りを開くことができない人に教えて私は地獄に落ちてもかまわないと、悟りを開こうとするものなら言えるはずです。

修行する私が、救われたとして阿弥陀様(仏様)は喜ぶでしょうか?

菩薩様(観音菩薩、勢至菩薩、その他諸菩薩様)や仏様は、なんと言うでしょうか?

※もしも優秀な方が、読まれた場合の事を踏まえ、参考文献を記しておきます。※

※歎異抄(悪人正機説、本願他力)、天台本覚論、仏説阿弥陀経等

※その他、道元禅解説本、白隠座禅和讃、親鸞聖人伝記の類等

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mum********さん

2011/10/2320:46:48

まず、一番大事なことは、どんなに高僧といえども仏の説かないことを説く者を外道といいます。したがって、一切を仏典から説明しなくてはならないのです。この考えは原始仏教に重要に考えられています。
だから、仏の真理を三宝(仏・法・僧)というのです。

さて、観無量寿経の冒頭には次のように書いてあります。
**************************************
この国に生まれたいと思う者は次の三福を修行しなければならない。
一には父母を孝養し、師長に奉公し、慈心を起こして殺すことをやめ、十善行を修行する。
二には仏、法、僧の三帰を受持し、衆戒を具足して礼節を犯さず。
三には解脱心を起こして、深く十二因縁を信じ、大乗の真理を読んで修行する。
この三つのことを浄業という。」(観無量寿経より)
**************************************
この中の『十善行』『仏、法、僧の三帰』『十二因縁』は小乗である『阿含経』の教えだからです。また、大乗の真理とは大般若経の六波羅蜜の般若波羅蜜のことだと考えられます。つまり『空の真理』のことです。
つまり、小乗である阿含経・大乗である大般若経を修行せよと書いてあるのです。

**********************************************
「『下品・下生』とは、ある人は不善業をつくり、五逆・十悪、色々な悪を身につけている。このような愚な人は悪業によって悪道に落ち多劫にわたって苦を受ける人である。このような人は命が終る時なって、善知識・の如法を説き念仏させようとする声に会う。しかしこの人は苦にせめられて念仏するひまがない。その時善友がいて『もし念仏することが出来なければ無量寿仏の名を呼びなさい。』といい続けなさい。十念をもって南無阿弥陀仏ととなえる。すると仏の名を呼ぶが故に八十億劫の生死の罪が除かれ、命が終る時蓮華が日輪のようになってその人の前にとどまる。一瞬の中に極楽世界に往生することが出来る。
蓮華の中で十二大劫がすぎ、蓮華がひらくと観世音、大勢至の声がその人の為に法、実相、罪を減する法を説く、それを聞いて喜び求道心を起す。
(観無量寿経より)
**********************************************

ここに説かれているように蓮華の中で十二劫を過ごすとあります。
一劫とは少なく見積もっても300兆年以上です。
ここから考えてすぐに極楽浄土に行けるわけではないようです。

人は誰でも成仏すると書いてあるのは法華経です。
**********************************************
諸の比丘に告ぐ『我仏眼を以って是の迦葉を見るに未来世に於いて無数劫を過ぎて当に作仏することを得べし而も来世に於いて三百万億の諸仏世尊を供養し奉覲して仏の智慧の為に淨く梵行を修せん最上二足尊を供養し己って一切の 無上の慧を修習し最後身に於いて 仏に為ることを得ん。(法華経より)
**********************************************
ここに書かれているように、仏の弟子の迦葉でさえ、成仏するのは無数劫を経てからです。
我々が成仏できるのは迦葉よりずっと先のことでしょうね。

質問した人からのコメント

2011/10/24 14:01:27

笑う 半分正解でしょうね。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

dd_********さん

2011/10/2320:13:48

どんだけ悟りがスキなのかwWw

悩みから解放されて

安らかな境地に達することが悟りなんですよね?

死ぬか、完全にボケるかしかないんじゃないの?

私は、悩むことを止めたいとは思わないし

煩悩も必要だと思う。

90歳、100歳になっても脳を使うことで

いくらでも活性化するらしい。

悟りの状態っていうのは

脳機能停止みたいな状態に思える。

頭かち割ったら悟れるんじゃない。

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