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ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ(CD・映画問わず)とライ・クーダーや関わりのあ...

sin********さん

2011/12/1723:25:02

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ(CD・映画問わず)とライ・クーダーや関わりのある人物についてわかりやすく教えていただきたいです。
よろしくおねがいします。

補足すみません、wikipedia以外でご存知のことがあったら教えていただきたいです。

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ベストアンサーに選ばれた回答

yas********さん

編集あり2011/12/1816:12:40

ライ・クーダーがキューバに旅行した際、それまでキューバ国外にはほとんど知られていなかった老ミュージシャンとセッションを行ったことがきっかけとなり、1997年にライ・クーダーが制作したキューバ音楽のアルバムで、作品に参加したミュージシャン達の大半が、実在した音楽クラブの会員だったため、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブとなった。

映画自体が各ミュージシャンの紹介のようになっていますので御覧になるのが早いかと思います。


フアン・デ・マルコス・ゴンサレス

1954年、ハバナに生まれる。プロ歌手をしていた父の影響で10歳からギターを始めたが、少年時代はロックに夢中だった。農業技師の学位を取得後、77年に伝統的なソンの復興を目指すシエラ・マエストラを結成
1996年フアンの構想による「アフロ・キューバン・オールスターズ」デビューアルバムの録音がハバナのスタジオで行われることになった。 また同時にニック・ゴールドに依頼を受けたアメリカのギタリスト、ライ・クーダーのプロデュースのもと、西アフリカとキューバのミュージシャンによるコラボレート・アルバムが企画されていた。 ところが、西アフリカのミュージシャンはパスポートを置き忘れ、ハバナに到着するができなかった。そこで「アフロ・キューバン・オールスターズ」に参加していた往年のミュージシャン、イブライム・フェレール、ルベン・ゴンサレスらに、コンパイ・セグンドなども加わって録音が行われた。
こうした偶然が重なり合って生まれた奇跡のアルバム<ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ>


イブライム・フェレール
歌いたかったボレロを歌わせてもらえず、他の歌を歌っても一向に名前がクレジットされないため歌うのをやめてしまう。1996年にブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブに参加するまでは、キャラメルを売ったり、靴磨きをして暮らしていた。
ある日、アメリカのギタリストであるライ・クーダーのいるスタジオに連れて行かれ、ボレロを録音した。ライ・クーダーはキューバのナット・キング・コールと賞賛した。

ルーベン・ゴンサレス
彼は自分のピアノが虫に食われてしまったために、時々スタジオに立ち寄ってはピアノを弾いていたという。かつてのタッチとテクニックを徐々に取り戻し、指の間から音楽が奔流のように流れ出したルベーンを、ライ・クーダーは「私がこれまでの生涯の中で聴いたもっとも偉大なピアニスト」と形容

色々ありすぎるのでこのくらいで。

質問した人からのコメント

2011/12/18 16:45:59

降参 わがままな要求に丁寧に答えてくださりありがとうございました。とても参考になりました。

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