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ヤコブ4:3ですが、 「3 なるほど求めはします。でも受けていません。肉欲の...

「エステル」さん

2012/1/1223:07:29

ヤコブ4:3ですが、

「3 なるほど求めはします。でも受けていません。肉欲の快楽に対する自分の渇望のために用いようとして,まちがった目的のために求めているからです。」

・・・

とあります。

受けていないものとは何ですか?

間違った目的とは何ですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

薔薇さん

2012/1/1300:22:48

彼らは実際に求めることもしましたが,それは正しい動機から出たものではありませんでした。それ

らの願い事は本当に必要な事柄ではなく,また神のご意志にかなったものでもなかったので,聞き届けられませんでした。

使徒ヨハネは,「わたしたちが何を求めようと,神からいただくことができます。それは,わたしたちがそのおきてを守り,神の目に喜ばれることを行なっているからです」と書いています。(ヨハネ第一 3:22)

また,エホバこそそのみ手を開いて,すべての生けるものの願いをかなえてくださる方です。(詩 145:16)

ところが,ヤコブが考えていた者たちは,間違った目的をもって求めていたので,何も受けませんでした。

肉欲の快楽に対する自分の渇望のために用いようとして,まちがった目的のために求めているからです

ヤコブがここで明らかにしているのは,彼らが何を求めたにしても,それはいずれも自分が楽しめると思う事柄で,それが正しいか間

違いであるかは意に介さず,また他の人を思いやって助けることや強めることもほとんど考えていなかったということです。

彼らは正しい理由に基づいて求めたわけではなかったのです。

動機が間違っており,エホバのご意志を考慮に入れなかったので,他の人々,とりわけ貧しい人や苦しんでいる人をよりよく援助できる立場を得たいという気持ちでは祈りませんでした。

むしろ,肉欲の快楽をほしいままにできるよう,神に助けを求めたのです。

彼らは自己の欲望を満足させる安逸な生活を望んでいました。

神の目にはそれは,彼らが全く祈っていないかのように映りました。

神がそのような祈りをどうご覧になるかは,箴言 28章9節(新)に次のように述べられています。

「律法を聞くことから耳を遠ざけている者―その祈りさえも忌むべきものである」。(イザヤ 1:15; ペテロ第一 3:12と比較)

そういう態度の人々は,ペテロがあげた次のような人々と同様の嘆かわしい状態に陥る可能性があります。

「彼らは昼間のぜいたくな生活を楽しみとします。彼らは汚点またきずであり,気ままな喜びをいだいて自分たちの欺きの教えにふけりますが,一方では,あなたがたと宴席を共にします」。(ペテロ第二 2:13)

この点について,「国際批評注解」は適切な見解を述べています。

「神は,人がそこからいつでも受けることができる唯一の確実な根源である。人は快楽を目的とすることによってこの根源との関係を絶ってしまう。

というのは,彼らはそのような満足を神に求めたりはしないからである。

仮に求めるとしても,神への奉仕よりも自分自身の快楽を目的とする祈りは受け入れられないということと,そのような祈りはすべきではなかったということを知らされるに過ぎない。

「ヤコブの基本的な理念はこれである。神への奉仕を最高の目的とすること。そうすればあなたがたの望みは,神があなたがたの祈りに答えてかなえることのできるものとなる。(マタイ 631‐33参照)

そうなれば現在あるような争いは全くなくなる。快楽は争う。また争いのもとになる。快楽に対する欲望は,それを満たすことが支配的な目的となるときに暴力を招く。なぜなら,その場合に生ずる渇望は暴力を用いることによってしか満たされないからである。神はそういう渇望を満足させるようなことはしないからである。神からは良いものしかこない(117)」。

質問した人からのコメント

2012/1/13 00:32:50

感謝 ありがとう

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