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「日本の茶道」は「朝鮮」発生なのですか?

yai********さん

2012/2/515:39:52

「日本の茶道」は「朝鮮」発生なのですか?

日本の「茶道」は戦国時代に「千利休」などによって
隆盛を極め体系化がなされました。

この「千利休」は元々「朝鮮の千姓」の一族で
すなわち「日本の茶道は朝鮮発生だ!」なる
トンでも論を聞いたのですが、、、。

どこまで本当なのでしょうか?

戦後に「日本プロレス」の始祖だった「力道山」も
朝鮮人でありどんなもんなのでしょうか?

補足また戦国時代に突如出現した「木下秀吉」なる人物は
元は「朴秀吉」であり立身出世し日本を治め
そのことを知っている「千利休」を殺害したなども
語っておりました・・・。真顔で話していました。

どうも「なぜ日本人に成りたがるか関わりたがるか?」を
調べたほうが良さそうですね。

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ベストアンサーに選ばれた回答

fic********さん

2012/2/517:12:26

「千利休」という名は、例えれば芸名みたいなものです。
本名は田中与四郎といい、父親は田中与兵衛、祖父は田中千阿弥といい、源義家を祖とする源氏だとされてます。

千利休が朝鮮民族出身だというのは、韓国でよくされている有名日本人・中国人の韓国人認定で、「韓国起源説」として有名です。(優秀な人物だから韓民族に違いない。として勝手に認定するんです。)

韓国起源説は、以下のWikipediaに詳しくまとめられており、その中の「茶道」の項目で茶道が朝鮮発祥ではない事が記述されています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%93%E5%9B%BD%E8%B5%B7%E6%BA%90%E...

面白いので一見の価値アリです。

質問した人からのコメント

2012/2/12 12:54:07

降参 皆さんありがとうございます。

お茶を「道」にまで昇華させたのは「千利休」などの
時代の人と思っていました。
実際「茶事」には大陸の文化に関わる部分も多いので
「朝鮮」の人が「自分たちのだ!」と誤解したのかもしれませんね!

ベストアンサー以外の回答

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bir********さん

2012/2/522:08:38

お茶を日本に最初に、もってきたのは仏教の僧なんだそう。
それで、なんか宗教的な農産物だったのも
茶道という作法信仰っぽいものが出来る下地じゃないですかね。
茶の普及が始まったころは、
茶は高級品だったので庶民のクチには、おいそれと入らなかった。
茶と味が似ているとゴハンのオコゲを お湯に入れて
茶の代用で飲んだヒトもいたという。

オコゲといえば、韓国の石焼きビビンバはオコゲが旨い、
石焼きビビンバは韓国が発祥で、それも、そんな大昔でなく
つい最近だそうです。
石焼きビビンバを最初にメニューに出した食堂のオヤジいわく、
ちょっと前に、托鉢の坊さん が来た、
韓国は仏教の寺よりキリスト教の教会が多い国柄で
坊さん は神父より珍しい、店主は坊さん へ寄付を
寸志したが、
坊さん が、空腹でフラフラしていたので食堂のオヤジは
店のビビンバを おごった、ビビンバを食べた坊さん は、
店主殿、ビビンバを 石焼き にしたら、けっこうイケる、
オコゲが、また、いい味なんだよと言って坊さん は、
名乗り もせず去ったという。
店主が、石焼きビビンバをメニューにしたらヒットして
韓国全土に石焼きビビンバは流行した。
石焼きビビンバ元祖・食堂の店主は、その坊さん を
探し、お礼したいが、いまなお坊さん の消息は
全く知れない。

don********さん

2012/2/520:43:11

茶道はもともと中国由来ですよ。
もっとも中国では絶滅してしまいました。
いまはウーロン茶の茶芸になっています。
また、室町時代くらいまでは、茶道ではなく茶会でしたから
中国の唐物茶器を見せびらかしたり、茶の銘柄を当てたりするものでした。

茶道にしたのは、千利休で、茶会から茶道に変えてしまったと言えるでしょう。
はでな唐物茶器から、わびさびの地味な日本風の茶器が流行りました。

千利休は堺の一商人ですからねー。
朝鮮と関係あるかは、かなり可能性は薄いですね。
まぁ農民だった秀吉が朝鮮の可能性はさらに低いし。
ましてや、それを千利休が何故か知っている可能性は皆無でしょう。w

jit********さん

2012/2/519:59:29

日本の茶道は日本で生まれたものです。
朝鮮半島にも茶道はありますが、
日本から輸出された文化です。
おそらくは、朝鮮統治時代とかに、朝鮮半島でも定着したのではないかと。

gra********さん

編集あり2012/2/516:47:50

・・・・・・・まず日本の茶道は千利休が作ったわけでは無いです。
空海がお茶の文化を伝えた後から存在しますから平安時代には確立していたものです。
千利休は元々は田中与四郎といって魚屋の倅です。
千と言う屋号は利休の祖父に当る田中千阿弥と言う人物の千から来ていて元々この人は足利義政の同朋衆の一人だった人といわれています。
17歳で北向道陳と言う人に弟子入りしてその紹介で武野紹鴎と言う人に弟子入りします。
この時に出家して大徳寺から宗易という法名をもらいその後、千宗易と名乗るようになるのです。
秀吉が関白に任じられた時に禁中で正親町天皇のために茶会が開かれることになり宗易が後見を勤めることになりましたが、公的地位のない出自の者が禁中に入ることは出来ないため天皇から「利休居士」という居士号をもらい禁中に入れるようになりました。
この時から宗易は千利休となったのです。(朝鮮は何所にも出てこないです)
また日本のプロレスは力道山が造ったのではありません。
元々アメリカで「マツダソラキチ」と言う人物が日本人最初のレスラーとして活躍していてこのマツダと一緒に活躍していた三国山というレスラーが日本に帰国し開いたのが最初のプロレス興行ですから朝鮮人が開いたわけではありません。
間に戦争と言う混乱が入ってるので興行として確立したのは確かに1953年の日本プロレスからですがそれ以前からプロとしての団体はありましたので。
木下秀吉と言う人物は歴史上存在しません。木下藤吉郎ならいましたが・・・・・。出自は諸説ありますが朝鮮人という説は無いです。(なぜなら関連が伺えるような資料は一切ないからです)

ina********さん

2012/2/516:22:41

朝鮮半島は気候的に茶葉の栽培ができる地域がほとんどありません。
僅かに朝鮮半島南部で栽培されていますが、これは日本統治下で始まったもので、韓国人がどんなに大昔からあったと言い張ってもDNA鑑定の結果を見れば日本の茶葉であることはあきらかです。
だから朝鮮で茶を飲むには中国の華南地域から取り寄せるしかないのですが、華北地域に茶を運ぶだけでも大変なのに、まして朝鮮まで運ぶのはものすごく大変なことです。ですから、朝鮮で茶を飲めるの王族クラスの身分に限られ、茶文化が発生するほど飲まれたわけでもありません。

でも韓国にも伝統的な茶文化というものがあります。
ただし、伝統的な韓国茶と言うのは麦を焙煎したユルム茶、高麗人参を煎じたインサム茶、御飯のおこげに湯をかけるスンニュン茶などのように茶葉は使われておらず、茶葉を使った茶文化とは全く異質なものです。

現在ある茶葉を使った韓国茶は日本の統治時代に始まったんです。

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