日本バドミントン協会の内乱について質問しますが、池田信孝が全日本の監督時代(1990年代後半)の話で女子シングルスの選出(オリンピックかナショナルメンバーか定かでない)で井田貴子(サンヨー)選手のこと

日本バドミントン協会の内乱について質問しますが、池田信孝が全日本の監督時代(1990年代後半)の話で女子シングルスの選出(オリンピックかナショナルメンバーか定かでない)で井田貴子(サンヨー)選手のこと で当時サンヨーの監督の銭谷欽治さんが烈火のごとく怒り、協会幹部に対して反乱を起こしたのを記憶しています。 当時の詳しい内乱のことについて知っている方がありましたら教えて下さい。

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http://www.geocities.jp/bd_science/badminton/opinion.html はバドミントンマガジン誌1998年3月号のコラム「ラブオールプレイ」のコピペです。 98年の1月の合宿で池田氏が選手から反感を買うようなトレーニング(その例としてウサギ跳びを長時間させたという記事が何度か掲載されています)をした といった内容が発端のようです。 科学的なトレーニングが求められる中で、根性論やら非科学的な練習(教えずに見て盗めといった話)をさせ、選手を送り出したチームの監督などから抗議されたようです。池田氏の前近代的なやりかたが批判の対象になったのに本人は「俺が一番実績あるんだから俺の言うとおりにしていればいい」と開き直りました。 4月18日に池田氏解任要求が理事や有力チームの監督ら91名の署名入りで出されましたが 理事会で正当性無し で却下されています。同日ユーバー杯代表に反対派の急先鋒だった銭谷監督の率いる全日本単複1位のサンヨー選手を外してさらに問題がこじれたようです。 バドマガの98年3~7月に散見される記事を自分なりに構成してみました。その当時のことを直接知っているわけではありませんが、私のチームの監督は銭谷氏とは顔見知りなので、関西中心にバドミントン関連ショップでは解任署名活動をしていたと聞きました。

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