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日本史の偏差値が高い人にお聞きしたいのですが

gar********さん

2012/3/2502:13:34

日本史の偏差値が高い人にお聞きしたいのですが

用語を覚える際、用語の意味や使われる時代背景などを一つ一つ完璧に覚えているのですか?

例えば、1808年にイギリスの軍艦であるフェートン号がオランダ船を追って長崎に侵入→フェートン号事件

これを、江戸時代のあの頃にどこかの国の軍艦がどこかの国の船を追って日本に侵入→フェートン号事件

このように曖昧な覚え方をしていては日本史の高得点は厳しいでしょうか?

念のため言及しておきますがここで言う高得点とはセンター試験9割以上得点です

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ベストアンサーに選ばれた回答

al_********さん

編集あり2012/3/2503:39:37

センター9割以上取ったので回答します。

私は時代背景を一つひとつ完璧に、というよりは時代の流れをだいたいつかんでから用語の暗記に入ります。

これに従うと「江戸時代のあの頃にどこかの国の軍艦がどこかの国の船を追って日本に侵入→フェートン号事件」となりますがこれでは効率が悪い。
用語はいくら覚えても忘れてしまうことがあります。ですから流れをつかむことに加えて"他の事件と対比"して覚えることをオススメします。

私のだいたいの暗記回路を説明しますと、
フェートン号事件なので《幕末の列強の接近》であることを前提に
1808年にイギリス軍艦であるフェートン号がオランダ船を追って長崎に侵入→フェートン号事件
とその後の
1837年にアメリカ商船であるモリソン号が漂流民送還のため浦賀に来航→モリソン号事件
を対比して覚えるということです。
フェートン号事件は【イギリス】【軍艦】【長崎】
モリソン号事件は【アメリカ】【商船】【浦賀】
といった具合です。
ここでさらに広げて
フェートン号事件→軍艦→ナポレオン"戦争"→イギリス・オランダ(ヨーロッパ)→長崎(地理的に)→フェートン号事件
とつなげたら単なる暗記ではなくなりますよね?

前述したフェートン号事件が《幕末の列強の接近》であるということも頭に入れておけば(あまり出ないけど)年号を忘れても助けになると思います。(上智などは年号必要ですが)

フェートン号事件について散々語ってきましたが要は頭の使い方で変わってくると私も受験勉強を通して実感しました。

最後になりましたが質問に答えると、"曖昧"と自覚している時点で高得点は無理です。
そこをつついてくるのが入試問題です。

一粒で何度美味しくなるか考えてみると曖昧な日本史ではなくなるかもしれません。

質問した人からのコメント

2012/3/26 16:12:23

皆さんありがとうございました。

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don********さん

編集あり2012/3/2503:36:38

高かった人です(笑)。
正直、背景から出てきた単語を覚えると忘れにくくてずいぶん楽できました。
単純な棒暗記っていつ記憶から消えるか不安で頻繁に繰り返さざるを得なくなるので精神的に苦痛となって、さらに覚えにくくなるという悪いスパイラルにはいりました。英語が苦手だったので単語や文法などを棒暗記していたのでよけいキャパが不足するようでした。
それでもすべてを理解するには時間が足りなくて、やはり重要事項の狭間にあるような出来事は棒暗記ですよ。

体感・体験で言えば、背景や理屈から覚えると調べるまでの手間が大変ですが覚えると関連する単語が全部芋づる式に覚えられるし、また引っ張り出すのも簡単なのでかなり効果が高いと思います。この覚え方はさらに見たことない問題でも推論することが可能になるのでさらに得点率が上がります。あと忘れにくいので復習のために割く時間がずいぶん減ります。

とはいえ、この方法はやはり歴史好きな人にしかできないようで、しかたなく勉強している人にとっては他の得意だったり好きな科目に多くの時間を割くため、さらに歴史に費やす時間が削られるようです。その結果、調べる手間を省くしかないので棒暗記するしかなく、毎日記録と消去を交互に繰り返しているといった感じになりますね。

たとえば年号って数字の羅列だからやはりそこは暗記せざるを得ないのですが事件には必ず物語がついてるじゃないですか。

フェートン号事件って鎖国と太平に慣れた日本にとってはやはり衝撃のでかい大事件だったんですよ。
当時フランスはオランダを占領しインチキ国家バタビア共和国を設立。フランスと同盟することになりました。そこで怒ったのがイギリス。当時フランスと敵対していたのですが占領されたオランダ国王が亡命してきたことを利用して、海外の元オランダ資産の接収に乗り出しました。そこで注目されたのが結果的に世界で唯一オランダ国土となってしまった長崎出島(笑)!
そこにイギリス船フェートン号がこともあろうにオランダ国旗を掲げて長崎に入港。だまされた出島商館と長崎奉行はのこのこと近づいたところを拉致されてしまいました。
その後正体を現したイギリス船は拉致した出島の商館員を人質に燃料・水・食料の補給を要求。外交のないイギリスへの補給は幕府としては認められないものの、強力な武装による恫喝に屈した長崎奉行はやむなく要求を受け入れました。
しかし、幕府は本来この日本を舐めきった脅迫に激怒していて「フェートン号を焼き払え!」という指示を出していたのです。しかしご当地の長崎では長い間の太平と逼迫していた各藩の財政事情の悪化のあおりを受けて現地にはそのときろくな兵力がなかったので、抵抗のしようがなかったのですす。
長崎奉行はその責任を取って自ら切腹。他の藩の重役もそれを追って次々と切腹しました。

当時世界の海を支配していたイギリスはその後も何度も出島を取り上げようと日本近海に何度も出没し露骨な無言脅迫を繰り返していたため、幕府はとうとうブチ切れて(25年)異国船打ち払い令を発布。
とにかく外国船は全部砲撃して追っ払うか沈めろ!という無謀な内容。
しかし、実際に日本人はがんばっちゃったんですが、漂流していた日本人を助けて届けに来たアメリカ人(船)まで攻撃してしまい(37年 モリソン号事件)また世界からも国内からも非難を浴びちゃいました。
ちなみにこのこの国内の非難のひとつが天才を鼻にかけた高慢ちき高野長英『戊戌夢物語』で、もうひとつが三河国田原藩の重役(家老)にありながら絵の天才という変わった肩書きのある渡辺崋山の、『慎機論』です。
とかやってるうちにお隣の大国・清がアヘン戦争の大敗北し、西洋パネェ!となって「やっぱり問答無用で攻撃するのは良くないよね~」となって47年今度は「どこの国だろうが、さっさと補給物資をやって追い出しなさい」という薪水給与令を出してとにかく頑なに外人とのコミュニケーションを避けに避けまくったのでした。

と、どうしたって多くの事柄と関連していくんですよ、歴史ってのは今も昔も!
ちなみに上に書いたように私はこの一連は19世紀の出来事であることは当たり前だったので年号の記憶はいつも下二桁だけでした。イチイチゴロ合わせを考えるのが面倒だったのですがあまり困りませんでしたね。

bot********さん

2012/3/2502:33:46

世界史なら偏差値70以上だったよ

おいらは「ナポレオン戦争でフランスに属国化・占領されたオランダの拠点を潰すため、イギリスが放った刺客」的に覚えていた

だから流れを掴めば良いんじゃないかな?
ただこの場合 「イギリスとフランスが戦争している」「オランダがフランス側の陣営にいる(フランスに組み込まれた)」って予備知識はいるけど

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