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チャイコフスキーの「悲愴交響曲」第2楽章の5拍子の「ワルツ」は、ワルツなので...

aiy********さん

2012/4/1103:39:22

チャイコフスキーの「悲愴交響曲」第2楽章の5拍子の「ワルツ」は、ワルツなのでしょうか。それとも「ワルツ」という名前の曲であるだけで、ワルツではないと言ったほうが正確なのでしょうか。

ラヴェルの「ボレロ」は、ボレロなのでしょうか。それとも「ボレロ」という名の曲であるだけで、ボレロではないと言ったほうが正確なのでしょうか。(実際のスペインの舞曲であるボレロはテンポが全く異なると思うので。)

変な質問するな、とお叱りをうけそうですが、皆さんならどう答えるか聞いてみたくなり質問してみました。
(それを言い出すと、ショパンのワルツも果たしてワルツなのかどうかあやしくなってくるような気がしますが・・・)

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twe********さん

2012/4/1120:34:03

私的な感想も許されそうな質問なので思い付くままに…

12+123の変則2拍子ワルツを踊る二人。
右、左、右、左のステップでなぜか左足の運びにちょっとフェィントがかかってしまうのは心になにか揺れ動くものがあるからか。
その揺れる心をつなぎとめていた糸が切れて珠がこぼれていくかのような8小節目の1+1+1+1+1の5拍子。
中間部では切なく重苦しげになにかを引きずるような二人の足どり。
そしてはじめの軽やかなワルツに戻って、踊っていた二人の幻が暗闇に溶けてしまうかのように音楽が消えていく。

聴いているとこんなイメージが浮かんでくるので、やっぱり踊るためのワルツだと思うんだけど。

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fox********さん

編集あり2012/4/1700:19:40

クラシック音楽のなかで「ワルツ」とか「舞曲」とか「行進曲」等とタイトルを付ける場合、それ自体が踊ったりするための実用音楽であったり、バレエなどでの準実用音楽であることも多いのですが、そうでない場合は「いわゆる…」と言うようなニュアンスでタイトルが付けられることが多いように思います。そういう場合は、実用音楽の存在を前提として、それが芸術的に処理された音楽となっている場合も多い。
チャイコフスキー交響曲第6番第2楽章の5拍子の「ワルツ」は、ワルツという実用音楽が演奏されている貴族階級の舞踏会で、舞踏に加わらずにぼうっとそれを眺めているような雰囲気が感じとれます。踊りの当事者でない傍観者にとっては、三拍子のリズムも微妙に輪郭が崩れ、3拍目の音が1拍目であるかのように錯覚され、混ざり合い、それを気にも留めていない風情が実に巧みに表現されていると思います。但し、作曲者はこの楽章に「ワルツ」と言うような副題は付けていません。
なお付言しておくと、この交響曲に作曲者が付けた副題は「悲愴」と和訳されますが、原語の副題«Патетическая»(パテチーチェスカヤ)はロシア語ではむしろ「熱情的」というニュアンスがあり、作曲者は純粋に個人的な「悲壮感」を表現したかったのではなく、19世紀のロシア社会・国家そのものに対する客観的な問題意識がこの曲の背景に存在するように思われます。

mor********さん

2012/4/1112:10:41

ワルツは「円舞曲」の訳の通り、ドイツ語の「まわる」からきていて、まわりながら踊るために奇数拍子なのだと思っています(偶数だと前進後退になります)ので、ワルツのような舞曲という意味で、ワルツととらえられるものだと思います。
ボレロは、ボレロ風のリズムパターンを採用しているのでそのタイトルになったのだと思います。

曲のタイトルは、作曲者が意図してつける場合もあれば、出版社が提案して(時に勝手に)つけることもありますが、曲の内容と一致・直結しないものの方が多いように思います。
作曲家がこだわるのはその音楽だけで、それを何と呼ばれようとあまり気にしないのではないと思っています。

もちろん、ベルリオーズもラヴェルも、本来の舞曲としてワルツやボレロを書いたのではありません。

ton********さん

2012/4/1110:35:45

チャイコフスキーですが、
小澤征爾によると、

悲愴という悲しみのどん底にいる第1楽章、

なんとか気分を紛らわそうとワルツで踊ろうするも、
123、123の3拍子ではなく123、12、123、12、の5拍子なのでうまく踊れない。(気分はますます悪くなる)

それではと、第3楽章は残っている力を振り絞ってマーチで空元気を出してみるが、

第4楽章、やっぱダメだと途方に暮れる・・・


以前TVで、こんな感じだと説明してました。

もちろん、指揮者の解釈によって違ってくるでしょうね。

hak********さん

2012/4/1108:57:28

素敵な視点の疑問ですね。
まず「悲愴」について。チャイコフスキーはダンス音楽の天才で、数々のバレエで素敵な3拍子ワルツを沢山書いていますから、この5拍子の作品をワルツとしたのには理由があるはず。
ノリントンによれば、この変拍子ワルツは素直に男女の踊りに加わりたくないホモセクシャルの心情が表れているらしいです。これをとってもこの交響曲がチャイコフスキーの私小説的意味合いの強いことがわかります。

ラヴェル「ボレロ」もご指摘の通り。作品成立の過程を調べればわかりますが作曲期間が短くて、かなりやっつけでできた作品です。リズムパターンこそスペイン舞曲のボレロから取っていますが、バレエの上演時間に合わせてテンポを倍に伸ばしてしまったわけですから、これをボレロとするのは無理があるわけです。あくまでバレエ作品の「題名」として認識すべきでしょう。

同じような例はいくらでもあります。ショパンやフォーレのワルツは踊るためのワルツとは明確に区別されるべきですし、ポロネーズだってショパンを聴きながら踊ることはできません。アルベニスの作品でフラメンコを踊ることもありません。あくまで別物、イメージ作品と思うべきでしょう。

d0a********さん

2012/4/1107:26:07

その発想はまさに正解です。
実用性のある音楽と、「聴く」ことを追究し芸術性を優先した音楽は当然違ってくるでしょう。

また、日本人はリズムに鈍感な者が多く、こういった微妙なリズムを感じ取れない人がほとんどです。
郷ひろみの「お嫁サンバ」はお笑いですね。あんなのはサンバのリズムではない。
でも、日本人にはあれがサンバなのです。

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