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グループで話している時、目線をまったく向けてもらえないことに疎外感を感じます。

tri********さん

2012/4/1118:03:58

グループで話している時、目線をまったく向けてもらえないことに疎外感を感じます。

一つのグループに限ったことではなく、いろいろなコミュニティで遭遇する悩みです。

4~7人くらいの人たちと話していると
話し手が私にまったく目線を向けないことによく気づいてしまいます。

他の全員には頻度の差はあれど目線は配られています。
私は「うんうん」と軽く相槌を打ちながら
聞き手としてちゃんと話を聞いている姿勢をとっていても
一度も向けられないで終わることが多々あります。

その「話し手」というのは特定の人ではなく
かなりの数の友人や知人が
同様の状況下で、同じように目線を向けてこないのです。
でも、その「話し手」と1対1のときは
普通に会話で盛り上がったりしてるのです。

最初は気にしないでおこう、と思っていたのですが
気になりだすと、1度でも目線向けてもらえたら嬉しくて
自分だけが1度も向けてもらえないと、さみしいな~・・と思ってしまいます。

この悩みは、もう何年も前からほぼ毎日のように
「あぁ、このグループでもそうだ」と感じてきました。

話し手は無意識だから気にしないほうがいいのでしょうか。

自分が話し手のときは、自然にまんべんなく
全員に目線を配るようになったことは、唯一のメリットです(笑)

同じような経験されている方いらっしゃいますか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

syu********さん

2012/4/1318:38:00

学生時代の事ですが、私は1つのグループに属さず、先輩、後輩、同年代の1、2のグループを渡っていました(気が向いた時に話したい人と話すタイプなので)。

時には2つのグループがくっついて話したりもしたのですが、
1人が話していてもその視線はどこにも向けられていないか、1人に固定されています。5人いたとしても視線を受けているのは1人か2人でした。
特にうなずいているだけでは、視線はきません。
けれど、「それは……」と自分が話し始めると視線はこちらへきます。
その時に気がつくのですが、話し手は個人個人へむけて発言していますが、1対1ではなく「みんな」というひとくくりで発言しているため、視線にはあまり気を配らなくなるのだと思います。

全校集会や会議などでもそうですが、代表が発言している時、代表は全員の顔を一斉に視界にとらえることは会っても、いちいち一人ずつ視線を投げかけることは少ないのではないでしょうか。

大多数に話すのと同じです。
あいづちがあってもなくても、その都度同意の意見などがあれば相槌のかわりになるので、ちゃんと聞いてくれていると話し手は認識するので「それで良い」と感じているのではないでしょうか。

1対1(もしくは1対2など)なら気にしても、1対5人くらいなら気にしない方が気が楽だと思います。



けれど、相手の話したことについてこちらが意見を言っても視線を向けてもらえず、流されたように(実際に流しているわけでもなく聞いてくれているのだとしても)話が続いて行くのは疎外感を感じます。

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