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”真理”が発見されない本当の理由は?

nan********さん

2012/5/608:27:28

”真理”が発見されない本当の理由は?

こうは考えられませんかね。(※同意を求めているのではありません。質問です)

質問している”私”と、回答者という”私”は”同一”ではありません。

また、世界にいる”私以外”の任意の他人(という私)が同一かそうでないかを

確かめるために何億回繰り返しても同一ではないという結果が得られます。

つまり、世界人口の〇〇億人は根本的にはすべてちがう。

仮に、真理に到達する万人普遍の”方法論”が発見されたとして、


それでも万人が真理に到達できないのは、できないとしたら、

その方法論に”私”という唯一的存在が介入してしまう

ようになっているからではないですか?


Aさんという”私”とBさんという”私”が真理に到達した場合、

”Aと真理”=C。(ワンセットになってしまうという意味)

”Bと真理”=D。

CとDというふうに真理が二つでてきちゃう。

真理が多数あるのはヘンで、真理はやっぱり一つだろう

と考えた場合です。

つまり、「自分が正しい」ではなく「何が正しい」かが重要だと理性

は知っていても、

前提にはそれぞれちがう”私”がはいらざるをえないような気がするのです。

科学はそれを排除したのだと思いますが、

そういう意味ではなく、

人間はもともと”私”(あなたのことです。私でいえば私のことです)を前提にせざるをえない

構造があるような気がして、、、、そのせいか真理には到達できない的な、、、、、、、、???

どうなんでしょうか?

補足”私”と他の”私”(※他人のこと)がともに同一であるという結論が得られるのは、

科学だからとかの話ではなく、これはほんの一面であるような気がしないでもないのです。

私の私と、あなたの”私”が同一でないことは確かなのに、同一である真理が得られるだろうという発想自体が奇妙なんです。


”私”とその他の”私”の決定的な相違点が不明なまま”真理”を求めても”違い”しかでてこないのでは?という質問です。

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ベストアンサーに選ばれた回答

砂漠谷泉さん

2012/5/613:29:35

例えば神様(としか見えない方)が出て来て、あなたに「これが真理だ。」と言って真理(らしく見えるもの)が、授けられた場合あなたには何が必要でしょうか?それでもあなたはそれを信じることが必要になりますね。神様が(そのような方が)授けた真理でさえも、あなたにはそれを信じるという、精神行為が必要となります。つまり、信じるという事は、「疑う。」と「信じる。」の相対作用としてのみあるのではなく、ただ、それ以外の精神活動がありえない、という場面でも、生じる精神活動であるということです。ただそれを、疑いとの相対性と見ることが不可能ではないのですが、それならばそれで、人間には疑いと信用の二つの精神活動から、免れることができない、最終局面ではそれ以外の精神活動は存在しないのだと言い換えることもできます。いずれにせよ、人間には、解るという事はなく、(たとえそのように見えていても)分かったと信じるという精神活動しか存在していないのだということです。どのようなことも最後には信じているのです。つまり、知っていると信じているのです。ですから、真理と言うものが手に入らないような精神構造になっているのです。そのようなロゴスしかないのです。真理を信じること以外には人間は何もできなくてそれ故、それは真理にはなりえない、そういう存在なのです、人間の精神とは。

質問した人からのコメント

2012/5/6 13:36:21

ありがとう

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