ここから本文です

大戦時の日本。簡易的四発重爆は不可能でしょうか? Ju290に胴体延長・内翼挿入・...

one********さん

2012/5/3122:00:34

大戦時の日本。簡易的四発重爆は不可能でしょうか?
Ju290に胴体延長・内翼挿入・エンジン増設→Ju390みたいに、呑龍を主翼・胴体延長で四発化とか。
早期着手でよくてソロモンで活躍、悪くても連山の習作にはなった?

閲覧数:
357
回答数:
4
お礼:
25枚

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

nmu********さん

2012/6/112:00:21

日本は92式重爆(基本設計はユンカース、三菱で改設計)を製造しているのですから、単純に四発の爆撃機を作ることはできるでしょう。

でも、四発機は双発の2倍のエンジンを使うので、2倍以上高価な機種です。
航空機生産の最大のネックはエンジンなので、単純に考えて、四発機を1機作るなら、双発機を2機作れるのです。
そんな高価な機種をわざわざ作る以上、双発機をはるかに上回る性能を持っていなければ無意味ですよね?
難しいのはそこです。

お題を見るに、おそらく史実の深山(1938年開発開始。零戦の1年後)と同時期の機体になるでしょう。
すると深山に要求された性能が、「日本軍が考える四発機の基本性能」となります。(ちなみに二式大艇の要求性能もだいたい同じ)
そんな性能を、お手軽な改造で満たすのは絶対に不可能です。
もっと低性能では、高価な四発機を作る意味がありません。

そもそも既存機の大改造って、ものすごく難しいんですよ。
空力設計も強度設計も全く変わるのですから、下手をすると新規開発の方が楽かもしれないくらいです。
しかも機体の大型化とエンジンの増加、搭載燃料や爆弾の増加で機体重量は劇的に増えますから、当時の日本が最も苦手にしていた大型で複雑な引込脚を新たに開発する必要があります。
そんな技術力があるなら、深山は失敗していないと思いますね。

さらに言うと、深山のみじめな失敗で経験を積んだから、連山はそれなりに開発できたのです。
深山の時点で手抜きをすると、連山は史実のように順調には進まないでしょう。
深山は単体では失敗作でしたが、連山の習作としては十分以上に役に立ったのです。

質問した人からのコメント

2012/6/7 20:41:57

不可能でしたか。ご説明ありがとうございます。ただ・・・要求性能とは違うけどFw200あたりのライセンス生産が早期に実現していたらどうなったんだろう?

ベストアンサー以外の回答

1〜3件/3件中

並び替え:回答日時の
新しい順
|古い順

bag********さん

編集あり2012/6/111:35:36

双発から4発というなら、Ju90→Ju290では?
>呑龍を主翼・胴体延長で四発化とか。
日本機はそんなに不器用にはできていない。全体として完成されているから、主翼のとっかえするくらいなら、一から設計しなおしたほうが早い。
海外では、製造しやすくするため辺いい加減だったり、変に強度があったり、構造材の使い方が違ったりで、やってやれないことは無かった。けど、風にやれるもんでもんまかった。
とにかく
>簡易的四発重爆
ってのは、日本機では不可能。強度も何もかも、ぎりぎりで作ってるから。無理にやったら、4発機はできたけど、航続距離は短く、爆弾等裁量は変わらず、爆装時の速度のみ速くなる(しかし戦闘機よりも早いわけではない)、という何のための改造かわからなくなる。

>よくてソロモンで活躍、悪くても連山の習作にはなった
先にも言ったように、無理な改造ではペイロードが犠牲になります。機体強度の向上と搭載燃料の増加に重量を取られますから。ですから、ソロモンでというなら、従来の双発機のほうがまだマシです。
連山の習作は深山です。アメリカの失敗旅客機DC-4Eをコピーしましたが、本家が失敗作で成功するわけが無く、結局大型機の「こうしてはいけない」欠点をイヤというほど学ぶこととなりました。
そのせいか、連山は与圧コックピットとエンジン以外は順調に設計作業が進んだ。試作開始が17年とも18年とも言われるが、19年には試作機が初飛行しているから、大型機の設計としてはものすごく順調。

それと、4発重爆は戦略爆撃、それも絨毯爆撃に最も適しています。
しかし、陸軍の航空機は、基本的に「戦場で敵の兵器を叩く」のが任務な訳です。
米英が4発機を持っていたのは、基本的に自国基地から海外へ向かうためです。
しかし日本陸軍は満州国なら国内基地だし、対中国では沿岸のみなので、4発機なんて不要だったんです。
海軍にしても、渡洋爆撃用に、当裁量は少ないけど航続力のある爆撃機を持ってましたから、B17並みの4発機は不要なんです。あえて作るならB29クラス、二式大艇並みの航続力とB17並み搭載量(4t)が当たり前にほしいわけですが、そうなると、当時の日本では、格納庫から滑走路まで設備を整えるのが一大事なんです。本土では何とかなりますが、本土から3000Km先なんて、まだ日本の支配海域です。じゃあラバウルにでも基地作るか?となると、コレがもうできない。97大艇、二式大艇と4発機の水上機を作っていながら地上機がないのは、そういうわけです。水上機なら、普段は海上につないどけばいいし、滑走路は不要ですし。
それでも重慶爆撃が始まるとさすがに戦略爆撃機もほしくなって、先の深山の試作指示が出るわけです。

わっかさん

2012/5/3122:29:45

一時三菱の技術者が、13試陸攻(一式陸攻)に対する海軍の要求性能が高すぎ、4発機にしないと達成できないと言いだし、海軍側がら、兵器の仕様に口を出すなと反論されています。
実際に一式陸攻は、胴体の規模だけ見れば、米英の4発機と変わらないものになっています(全長20m級)。あと5mほど翼を延長し、火星エンジンを4発にすれば、そのまま4発機として出来上がりそうです。
さらに、2式大艇を陸上型に作り替えてしまえば(飛行艇の方が、陸上機より構造が複雑で設計や生産が困難)、これもそのまま4発機になりそうです。高翼を中翼に改める必要はありますけどね。
もちろん、20トン級の機体になりますから、さまざまな困難があるでしょうが、97大艇以来4発機の安定した生産経験のある日本ですので、深山などにかかずらわなければ、何とか開発は間に合ったんじゃないかと思います。
ただ、そういう機体を使って何をするかとなれば話は別。日本には、戦略爆撃の思想は無かったんでね・・・。

yuj********さん

2012/5/3122:07:34

そんな簡単にどうにかなるくらいなら、ドイツだって苦労してませんよ。
それに、ソロモン方面で使うなら陸軍機じゃなくて海軍機ですし。

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる