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映画 連合艦隊司令長官 山本五十六で観たのですが 山本五十六は早期講和を主張...

pla********さん

2012/8/2621:12:41

映画 連合艦隊司令長官 山本五十六で観たのですが

山本五十六は早期講和を主張し開戦には猛反対していましたが

あれは事実だったのですか?

最後は南の島のジャングルに航空機が墜落してゆくのが印象的でした。

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kit********さん

編集あり2012/8/2713:19:43

事実です。山本五十六は日本海軍はアメリカ海軍に勝てる戦力を持っていないと言っていました。なのでアメリカ開戦は反対でした。事実アメリカが日本本土まで攻めることができても、日本はアメリカまで攻める能力がありませんでした。それにアメリカの生産力を高く評価していたので、時間が経過すればするほど、差がひらくと思っていました。早期講和しかないのです。

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kou********さん

2012/8/2812:01:49

山本五十六が「早期講和」を主張した根拠はありません。戦争中はその様な地位にいなかったからです。聯合艦隊司令長官と言えば軍人としては最高の地位ですが、所詮は実戦部隊の長。国が戦争するかしないか、一旦始めた戦争をどの様に収めるか、、、そういうことは政府・軍首脳が決める事です。

しかし、、、山本が政府の要職(海軍次官)にあった時は、海軍大臣の米内大将を補佐して三国同盟や対米英戦争に徹底的に反対しました。その為に陸軍と右翼に命を狙われていた。三国同盟については、「あんなものを結んだらアメリカと戦争になる。そうなったら東京なんか丸焼けにされて日本人は惨めな目にあうだろう」、と。日本による中国侵略であった日中戦争にも反対で、盧溝橋事件を聞いて、「陸軍のバカがまた始めやがった。ハラが立つのでタバコをやめる(山本は超愛煙家だった)その代わり戦争が終わったらケツの穴から煙が出るほど吸ってやる」と言ったそうです。

外務大臣の松岡洋右がソ連(ロシア)と日ソ中立条約を結んで嬉しそうにスターリンと腕を組んだ写真を撮らせましたが、山本はこれにも不満で、「ソ連なんか信用できない。日本がアメリカと戦争している時に裏切ってうしろから出てこないことを誰が保証するか」、と。山本の先見の明はものすごいですね。

アメリカとの戦争については、「負けるに決まった戦争するバカがいるか」と怒っていたそうです。しかしその山本とて天皇の兵士、やれと言われたら全力を尽くす、と。「個人の意見と正確に正反対の決意を固め」、と親友に書き送っています。そして真珠湾を皮切りに連続攻撃をかけました。山本の攻勢主義を批判してもっとじっくり時間をかけて、などと言う人もいますが、とんでもない、山本には時間をかけたら必ず惨敗する事が分かっていたので、日本海軍優勢な時にどんどん攻めていったのです。自分が文字通り命をかけて反対した「負けるに決まった」対米戦争の先陣を受け持たされた山本の悲劇ですね。

そして史上最強の軍事超大国アメリカに戦争を仕掛けた東條英機は、戦争をどう戦うか、戦争がどうなったらどんな方法で収束するか、講和を申し出るか、どちらかが参るまで戦うか、、、そういう基本的なことを「まったく」計画しないで戦争を始めました。今では考えられない無能・無責任ですが、そんな連中が当時の日本を指導していたのです。

鈴木貫太郎は、真珠湾攻撃のニュースで日米開戦を知り、「日本はこの戦争に勝っても負けても三等国に落ちる」と言ったそうです。開戦当時の駐米大使の野村吉三郎(予備役海軍大将)は後輩の若い海軍士官たちに「アメリカと戦争するなんてとんでもない。そんな事したら日本は滅んでしまうよ」とよく言っていました。これは必ずしも弱音ではなく、国力の差を冷静に判断したコメントですね。また、元老の西園寺公望は対米開戦の朝、女中たちにしみじみと言ったそうです、「これでお前たちですら畳の上で死ねなくなったね」、と。

アメリカは戦争中にカラーの「トムとジェリー」を作った、、、いや、それどころか戦争前にあのテクニカラー(総天然色と呼んでいた)の超大作映画「風と共に去りぬ」を作った国です。

hk8********さん

2012/8/2709:01:42

実際そうだった様です。国力差が10対1では相手に成らない。だから早期講和に持ち込まないといけないと考えていたそうですよ。

nao********さん

2012/8/2623:39:07

山本五十六が日独伊三国同盟に反対の立場を
取っていた事は有名な話ですよね
対米戦が長引けば国力の差がモノをいう
その事実をよく理解していたからです

事実太平洋戦争の真っ只中においてでも
アメリカはトムとジェリーをカラーで作ってますから…

個人的には「連合艦隊(東宝)」の山本五十六や
小沢治三郎が印象的です

bao********さん

2012/8/2621:39:19

ここで大変興味深い史実があります。

それは、太平洋戦争の遥か前の日露戦争の時に、装甲艦日清の砲撃手だったことです。
そしてその後、あの鈴木貫太郎(戦艦宗谷)の部下となったことです。


鈴木貫太郎と言う人は、太平洋戦争終戦時に総理大臣だった人です。

つまり側面的に読むと、鈴木貫太郎自身も太平洋戦争には反対でしたし、五十六本人もアメリカで勉強した経歴ももっていますので、アメリカ国と直接戦争となれば負けることは十分解っていたことが伺われます。

、その鈴木貫太郎ですが、日露戦争では、第4駆逐艦隊副司令で、その後艦隊司令となった人物で、あの東郷平八郎から大変高く評価された人です。

ですから、戦争には反対、だからと言っても戦争になれば、手抜きせず真剣に戦うという人達だったようですね。

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