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縁起論争について

kio********さん

2012/10/1007:01:02

縁起論争について

仏教の教えの根幹に<縁起>というのがあります。

これについて一時代(あるいはふた時代?)前に、学者間で論争があったといいます。

仏教の解説書では縁起の説明はあるのですが、この縁起論争には解説が見当たりません。

あの有名な和辻哲郎博士もはいっているとのことです。

難しい内容かもしれませんが、何が論争のポイントになったのかご解説頂けたら幸いです。

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sai********さん

2012/10/1021:01:28

大正末から昭和にかけて、仏教学者間、それに和辻哲郎が加わって行われた縁起の解釈をめぐる論争です。

その論争について要領よく書かれてある論文を見つけたので、そこから抜粋します。
http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/5150/1/ibunka11_morimur...

「歴史的に見て、当時のインド哲学・仏教哲学に関する基本的解釈は、東京帝国大学教授木村泰賢によって整備されていた。それに対して、東北帝国大学教授宇井伯壽は木村説を批判し、新しい革新的な仏教学の解釈を提起していた。和辻は宇井説を支持することで、木村説を痛烈に批判する立場を鮮明に打出したのだった。木村と宇井は東京帝大の同期でもあり、早世した木村の後を襲って宇井が東京帝大教授の職に就くということも含めて、因縁浅からぬ関係にあった。しかも、そもそも両者の対立点は、仏教思想の根幹ともいうべき「縁起説」の解釈をめぐるものだった。そしてその際に重要なのは、縁起説と密接な関係にある「法」概念の理解にある。つまり「法」をどのように理解し、解釈するかによって、原始仏教思想のとらえ方も変わってくるのである。」

「和辻や宇井らと木村との根本的な問題は、一二支縁起を解釈するにあたって、12ある「支」あるいは「法」が、それぞれどのような関係にあるかということであった。つまり、それら「支」あるいは「法」のあいだにある関係を、木村泰賢は伝統的な解釈にもとづき、生理的心理的で時間的な因果関係として解釈した。つまり、「無明」が原因となって「行」が生じ、「行」が原因となって「識」が生じ、最終的には、「生(出生)」が原因となって「老死」へといたるのは、あくまで過去・現在・未来という時間的な因果関係を基本にしている。時間的にもっとも先にあるのが「無明」であり、それがあらゆる「支」あるいは「法」に先立ち、すべての原因となっているというわけである。
それに対して宇井と、それを支持する和辻は、「支」=「法」のあいだにある関係を論理的関係として解釈した。宇井はそれを「相依関係」として捉え、いかなる時間も「支」=「法」のあいだには流れていないと強固に主張した。それに加えて和辻は、木村が認めていた仏教における「輪廻説」を全く受けつけず、仏教の基本は無我の立場であること、そして無我である以上、永遠に輪廻していくための“ 同一的な我”を想定することは必然的に不可能であると考えた。それゆえ、和辻の主張に沿うならば、いかなる意味でも、我の同一性にもとづく「輪廻」を考えることはできない。」

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