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池田屋事件があったのは、現在でいえば 何月何日になるのでしょうか? 池田屋...

fum********さん

2012/11/319:23:00

池田屋事件があったのは、現在でいえば
何月何日になるのでしょうか?

池田屋事件(いけだやじけん)は、幕末の1864年7月8日(元治元年6月5日)に、京都三条木屋町(三条小橋)の旅館・池田

屋(北緯35度0分32.2秒 東経135度46分11.6秒 / 北緯35.008944度 東経135.769889度 )に潜伏ていた長州藩・土佐藩などの尊王攘夷派志士を、京都守護職配下の治安維持組織である新選組が襲撃した事件。

どちらの日付けが現在に相当しますか?
確か当時は祇園祭の最中だったような…

補足ということは、7月8日に今日は池田屋事件があったんだな〜と思い出す感じであってますか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

iik********さん

編集あり2012/11/421:47:09

ええ、ちょっと補っておきますと、新暦と旧暦の感覚の違いは、どう考えるべきかはそう簡単ではない点があります。

確かに、この事件のあった日、「元治元年6月5日」という日は、現在、日本で使われているグレゴリウス暦では、「1864年7月8日」に当たるのですが、それは要するに、1年という期間のどの気候の時期に当たるか、ということでしかありません。

つまり、現在の太陽暦では、月日というのは1年の中で太陽に対する地球の位置を示している形になりますから、その意味で、例えば「7月8日」に、「今日は池田屋事件の日」と考えます。

ところが、当時の太陽太陰暦では、1年の長さが毎年違い、例えば「元治元年」は「354日」しかなく、「元治2年」は「384日」もあり・・・というカレンダーの中で生きているから、1年後に「今日は~の日」とかの考え方をする時に、同じ気候とかではあまり考えません。

気候を捉える方法は、「二十四節気」というのがあって、冬至、立春とかいうやつですが、これで言うと、事件の日は「小暑」の次の日となり、ちなみにその日は、「元治2年」だと、「閏5月15日」となります。

えと、わかりますか^^;説明難しいけれど、つまりは我々が「7月8日」を「池田屋の日だ」と思うことは、当時の表現では、次年の、「閏5月15日」に、「今日は池田屋の日だ」と思うことなのです。
そんな感覚が納得できるかどうかはまあ自由ですが、私は微妙です。
現代人の感覚で、無理に合わせた日が「その日」だとしてしまう感覚は、誰もが納得できるものではないでしょう。

質問者さんは、「祇園祭」を出していますよね。
その点では、現在は祇園祭を7月にするようになったので、そこは合致しているのですが、当時は6月にしていたから合っているのです。
実は、明治政府は、明治6年の改暦時に、「行事は月日で合わせよ」という布告を出しています。
つまり、旧暦7月7日にしていた「七夕」を新暦7月7日にしているのです。
この布告通りなら、「池田屋のその日」と「祇園祭」はずれた筈ですが、理由は知りませんが「祇園祭り」の時期を1か月ずらしたので、ここではなんとか合ったのです。
ところが、他の多くの行事は残念ながらずれている訳です。
だから、例えば誰か隊士がふと、「今日は故郷の何とか祭りの日だったなあ」と考えたとしたら、「7月8日」では全くの興ざめです。

それに、旧暦というのは、どうしてそんなに複雑かと言えば、月の形と日にちが連動するようになっているのです。
我々は、池田屋の日が旧暦6月5日と知れば、その時、隊士たちが見上げた月が「5日目の月」、つまり、三日月が少し太くなったくらいで、決して月明かりが十分な環境ではなかったことがわかるのです。
例えばですが、赤穂浪士の討ち入ったのが、元禄15年12月14日、ほぼ満月の明るい晩であり、きっと彼らは吉良が必ず在宅していて、しかも明るい月夜を選んだのだろう、と考えられます。
対して、池田屋は、急に発覚した事件で日も選べなかったから、「暗い月」の日、おかげで池田屋では、「新選組だ!」の声で、行灯の明かりが消されてしまうと、闇の中での切り合いになっている訳です。
ともかく、そういう旧暦下で人々は生活していたから、特に夜は「5日」という日にちを強烈に認識して行動していた筈なのです。

で、ちょっと旧暦がわかってきたでしょうから言うと、当時の人はほとんど「誕生日」という認識もない、知らない、という人もざらです。
これも、今日は何の日?という感覚が我々と全く違うからで、だから年齢は、全員が正月に1歳増やす、という考えな訳です。
その大事な正月からの月数が違う、というのも、例えば「沖田総司」のように、20歳ちょっとの若者にとっては大きな違いかもしれません。

結局、こうしたいろいろなことがあるので、「今日は~の日だ」という考え方はいろいろなのです。
確かに、いちばん簡単なのは「7月8日」かもしれませんが、この日付には何の意味もないし、月日が同じ気候の時期を表している、という、当事者に全く意識のない考えを用いるより、そのまま「6月5日」とする考えの方がムードが出る、という面もあるのです。

例えばですが、先の「赤穂事件」、発生は新暦だと「1月30日」になるのですが、その時期にテレビなどで見たことがありますか?
間違いなく、12月14日の前後、年末の行事になっていますよね。
これが、お屠蘇を飲んでからさらに1ヶ月後の討ち入り、なんてしたら、イメージぶち壊しもいいところです。

まあ、実は、池田屋の記念イベントは、祇園祭との関係もあるのか、京都の同好会は7月にするようですが、必ずしもそう考えるのがベストとは言えない、お気に入りのイベント、隊士の関係などで、「6月5日」にしのぶというのもありありな訳です。

ちょっと、うまく説明できたか心配ですが、ぜひ、自分に合った納得できる結論を出してください。

質問した人からのコメント

2012/11/5 00:49:50

降参 旧暦って難しいんですね(-。-;
色々説明して下さってありがとうございました。
hamutaroucolorさんもありがとうございました!

ベストアンサー以外の回答

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ham********さん

編集あり2012/11/411:36:54

今での時間は、1864年7月8日で、当時では6月5日という、
時間の違いがあるんです。
今の1時間は、当時では半刻です。

池田屋事件(いけだやじけん)は、
幕末の1864年7月8日(元治元年6月5日)に潜伏していた長州藩・土佐藩などの尊王攘夷派志士を、京都守護職配下の治安維持組織である新選組が襲撃した事件です。

池田屋騒動ともいわれている。近藤勇は書面で洛陽動乱と名づけています。

……はい、そうですね、今でいう7/8に、池田屋事件があります。
だから、あっていますよ♪
理解して頂いて嬉しいですっ♪

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