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ALLMAN BROTHERS BANDについて質問です。

deep_yellow9292さん

2012/12/820:24:15

ALLMAN BROTHERS BANDについて質問です。

僕は『THE ALLMAN BROTHERS BAND』(69年)、『IDLEWILD South』(70年)、『AT FILLMORE EAST』(71年)、『EAT A PEACH』(72年)、『BROTHERS AND SISTERS』(73年)を集めました。

ところで『BROTHERS AND SISTERS』では、それまでのブルーズ色がかなり薄まりました。

それは前作『EAT A PEACH』のレコーディング途中でデュアン・オールマンがバイク事故死し、ディッキー・ベッツが主に作曲を担当するようになったからですか?

『IDLEWILD SOUTH』収録の"Revival"や『EAT A PEACH』の"Les Brers in A Minor"や“Blue Sky”や "In Memory of Elizabeth Reed"(ライヴ音源)はディッキーの曲でしたし、デュアンだけが曲を書いてるわけではなかったんだと思いますが、この『BROTHERS AND SISTERS』でバンドの方向性が変わった気がします。

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mulegotさん

2012/12/822:33:21

Duane Allmanの死だけでなく,ベースのBerry Oakleyもほぼ1年後に死んでますからね。
しかもDuaneが死んだのとほぼ同じ場所での交通事故。
このバンドが当時存亡の危機にあったのは間違いありません。

おっしゃるようにこの後Dickey Bettsが主導権を握り,バンドを牽引しました。
『Brothers and Sisters』は,元々カントリーミュージックに傾斜していたDickeyの色が濃くでています。
皮肉なことに「Ramblin' Man」が大ヒットしてAllmansの代表曲になり,アルバムも売れまくりました。

この時期のGreggってどんな心境だったんでしょうね?
偉大な兄貴と作ったバンドが,その方向性を大きく変えようとしている・・・。
しかもそれが兄貴の死後,世間に受け入れられてしまった。
GreggとDickeyの2人が後に仲違いする発端になったのかもしれませんね。

質問した人からのコメント

2012/12/8 22:49:59

ディッキーがバンドの牽引役を引き受けたからこそオールマンズは商業的に成功したのだと思います。
僕も最初はこのアルバムに違和感と戸惑いを覚えましたが、このアルバムも悪くは無いなと思うようになりました。

グレッグの心境はどうだったのでしょう。
兄と自分が作ったバンドが世間に受け入れられたのはディッキーのおかげだから感謝はしてる一方、方向性を大きく変えられてるわけで複雑な心境だった・・・のかもしれませんね。

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