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長門と陸奥の識別点はこんな感じです。 全期間 ・フェアリーダーと艦首旗竿支柱の位置(陸奥の方が前) ・艦首の菊花紋章の取り付け位置(陸奥の方が高い) ・煙突側舷部にある塵芥筒の位置(長門の方が前) 大正9年(新造時) ・主砲塔測距儀の形状(長門は6m波式、陸奥は8m武式) ・探照燈の装備数(陸奥では前檣楼の上部探照燈甲板の位置に檣楼司令所が設置されているので、長門より2基少ない) ・前檣楼基部側板の形状 ・魚雷防御網展張ブームの有無(新造時から装備していたのは長門のみ) ・前檣楼上部のヤードの取り付け(長門の真横に対し、陸奥は後方に傾斜している) 大正11年 ・排煙の逆流防止措置として前部煙突に装備されたファンネルキャップの形状(長門が湾曲しているのに対して、陸奥では垂直となっており、キャップの4箇所に通風用のスリットが設けられている) 昭和8年(大改装前) ・艦首形状(陸奥は昭和2年に波切の解消として先端にフレアーが付けられたが、長門でこの工事が行われるのは昭和9年) ・前部煙突屈曲部を支えるブラケットの形状 ・屈曲煙突側部蒸気管の形状(長門はS字型) ・羅針艦橋部に設けられた副砲側距儀の位置(陸奥では左舷側のみ一段高くして、両舷での使用を可能にしている) ・羅針艦橋と予備指揮所の中間に位置する全見張指揮所兼下部見張所と、後楼の後部見張所の有無(長門には無い) ・後檣ヤードの補強(長門のみ) 昭和12年(大改装後) ・射出機の相違(陸奥が新型の呉式2号5型改1へ換装し、射出機の装備位置を一段低くしたのに対し、長門は従来のままで、追加工事が行われたのは昭和13年頃。なお長門はヤードの補強やデリックブームも改装前と同じ) ・後檣の構造(長門では見張所が一段となっており、両側の副砲用測距儀の装備位置も一段低く、両側に張り出している。また陸奥では副砲用測距儀と方位盤及び観測鏡が一体となった、新式の射撃式装置が搭載されている) ・前檣の副砲前部予備指揮所窓の形状(長門はガラス張りであるのに対し、陸奥は開放式構造でキャンバス張りとなっている) ・上甲板最前部に装備されていた7、8番副砲の撤去跡(陸奥では完全に整形したのに対し、長門では副砲の設置跡が残されている) 昭和16年(開戦直前) ・前檣頂点後端に装備された方採用ループアンテナの間隔(陸奥の方が狭い) ・予備指揮所前面にある丸窓の数(長門2個、陸奥4個) 昭和18年6月 ・電探の有無(長門は5月31日から6月6日にかけての入渠で、2号1型電探が装備される)
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