中越地震体験者です。
震源地のすぐそばに住んでいるため、震度7を体験しました。
非難用具に関しては、お住まいの地域によって違ってくるかと思います。
地震は、火災や水害と違って燃えたり流れたりしませんので、壊れないものはすべて残っています。
都市部でマンションにお住まいだと食料に不安が出てきますが、こちらの震災では、地震が起こった初日だけパニックにより食事の不安はありましたが、食べることには困りませんでした。
近所の人たちと助け合い、それぞれの家庭から出てきた食料を、家から持ち出してきたストーブの上で調理して食べていました。
もちろん、停電によって冷凍庫や冷蔵庫の生ものはすべてダメになりましたが・・・。
また、衣類や寝具に関しても、余震が収まった瞬間に家にもぐりこんで出してくることが出来ました。
ということで、赤ちゃんや小さな子供がいるご家庭でもない限り、不便ではありますが食料や衣類に困ることはあまり無いと思います。
小さなお子さんがいるご家庭は、食料品を一番に考えたほうが良いと思います。(特に水)
震災後も、助け合いの精神から、スーパーやコンビニ、ホームセンターはすぐに営業を始めました。
電気が通じていない中での営業でしたから冷蔵品の販売はありませんでしたが、贅沢さえ言わなければ、缶詰、カップめん、お菓子の類は手に入れることが出来ました。
どこでも一番大切だと思われるのは、ライト、電池、携帯電話、携帯の充電器だと思います。
中越地震は夕方6時に起こったので、真っ暗な世界になってしまいました。
また、電気が復旧するまで3日ほどかかったので、ライトは必需品でした。
LEDライトは、明るい上に電池の消耗も少ないのでお勧めです。
お店で一番最初に消えたのが、ライト、電池、カセットコンロとガス、カイロ(秋だったので)でした。
また、車をお持ちでしたら、車に予備のライトや電池を入れておくとともに、100Vの電源変換器を入れておくと便利です。
私は、車に助けられました。
震度7クラスの地震は、非常持ち出し袋を持ち出す余裕なんてありませんでした。
とにかく安全のために真っ暗になった建物の中から手探りで外に飛び出したという感じです。
(翌日の昼間に見たら、家の中は、さまざまなものがあちこちに吹き飛んでいました。)
でも、車の中にLEDライトを入れていたおかげで、余震が収まった瞬間に真っ暗な家の中に入ることが出来ました。
停電の中でも、テレビを見ることが出来たり、携帯の充電が出来たりしたのも車にいろいろ入っているためでした。
携帯はつながりにくいだけで、必ず使えます。
安否の連絡だけではなく、夜のさびしさを紛らわすためにも携帯のメールは必需品でした。
意外かも知れませんが、震災の時に一番使えないと思ったものはラジオでした。
ひたすら、安否確認の連絡に関する放送が流れているだけで、情報が分からなかったのです。
情報入手は、車に積んでいたテレビと携帯のiモードでした。
ストーブで調理をしたことを書きましたが、これは雪国ならではの話かも知れませんね。
灯油も200リットルの大型タンクが家にあるため、暖房や料理に関しては大活躍しました。
外で、火をおこして調理も出来ますが、最初の2日くらいを生き延びるため、料理の手段も考えておいたほうが良いかと思います。
そうそう、もうひとつ大切なものは現金です。
銀行まで停電すると、お金をおろすことが出来なくなります。
必要なものを買ったりするのに必ず必要になるので、非常袋に入れるかは別ですが、現金はあったほうがいいです。
また、公衆電話は優先電話になって、電話がかかりにくいところでも優先的につながるようになるから、小銭をたくさん持っていると震災初日には便利です。
以上が私の中越地震の経験です。
地震は、お住まいの地域によって、さまざまな条件が変わるために対応方法も大きく変わってくると思います。
少しでも、私の経験がお役に立てば光栄です。