2級建築士の過去問によく出てくる設問で、その手の択一式なら、皆様が回答されている、「均一な採光の確保」で正解なのですが、最新工場建築の動向、すなわち、のこぎり屋根の衰退と、ほぼフラットな屋根の隆盛となると、また変わって来ます。
すなわち、構造・工法の進化、新材料の開発、環境(光・音・空気)制御方式の発達等が、相互に深く影響しています。
いずれにしましても、工場と言うのは、最もコスト削減が求められる建築ですので、単純な採光問題の解決だけで、のこぎり屋根が減ったわけではありません。
工場には、昔も今も、大空間が求められることは言うまでもありません。
単に床面積が広いだけではだめで、邪魔な柱を出来る限り減らすことが求められます。
しかし、柱の無い大空間を構成する工法が昔は存在しませんでした。
柱を間引きしますと、柱と柱を繋ぐ梁の長さ(=スパン)が大きくなりますから、梁の成(せい=高さ)は、相当大きくしなければなりません。大梁は鉄橋のようなトラスを組むなりして、大きく飛ばせるにしても、屋根用の小さな梁まで、大きくするのは不経済です。
そこで、建物全体の輪郭は大きくても、屋根は、ある程度小分けにしてコストダウンを図ってきたのです。
また、屋根材そのものも、長大な長さを保つような素材がありませんでした。
当然、工場の屋根と言えば、最も安い材料が使われており、それは、ポリ波板、スレート、トタンに限られていました。
ただ、これらは全て短尺物(短いもの)しかありませんでした。
接続部が少ないほど、安上がりで雨仕舞いも良いので、できるだけ長い材料(長尺物)が求められたことは言うまでもありません。
その点では、3種の材料のうち、トタンが最も長く成形できるので、終戦直後は、トタン工場(あるいはバラック)が、大変多かったのです。
屋根の勾配は、それがゆるいほど、材料は少なくて済みます。
で、緩勾配でも雨仕舞いの良い、金属屋根=トタンが流行したのです。
ところが、戦後大流行した、このトタン屋根も伊勢湾台風で、一気に廃れました。
勾配のゆるい屋根は、風によって破壊される確率の高いことがわかったからです。
とりわけ、軒先の部分は、直ぐに風で飛ばされてしまいます。
一方、スレートは、かなり急な勾配でないと雨が漏りやすいのですが、軒先に専用の役物(やくもの)を使うことによって、軒先の崩壊を防げますので、トタンに替わる位置を占めるようになりました。
のこぎり屋根の大部分が、スレート屋根になったのは、それが理由です。
スレートはトタンほど長くは成形できないので、その最大長が、あの、のこぎり屋根のスパンなのでした。
※蛇足ですが、昨今流行のガリバリウムは、トタンのメッキを変えただけの材料ですから、次の台風では、吹き飛ばされる軒先が続出するものと懸念されます。
さて、時代は進化し、日本でもH形鋼が生産されるようになりますと、長大スパンの大梁も難なく製造できる様になりました。
当然、屋根用の小梁もです。
そうすると、コスト面からは、屋根の勾配をゆるくして、屋根材の量を減らすことが強く求められて来ます。
で、1970年代に長尺カラー折板(せっぱん=鉄の波板)が登場し、やっと、平たくて長い屋根が構成できるようになったというわけです。
過去の反省から、折板には、軒先の役物もあらかじめ用意されていましたので、工場建築の屋根といえば、ほとんどがカラー折板という時期もありました。
つまり、やっと、(元々求められていた)平たい屋根が可能になり、普及したということです。
それと軌を一にして、工場の生産品目にも大変化が起きました。
重厚長大から軽薄短小の時代となったのです。
それに伴い、作業環境の方も、より精密性が求められる様になり、照明や換気の自動化が進んできました。
その究極の姿が、クリーンルーム工場です。
現代では、新規工場の半数以上がクリーン工場になっていると思われます。
(少なくともSONYの工場では、そうなっています)
こうなりますと、自然光は不要です。
というより環境制御の邪魔です。
ですから、いかに節電が叫ばれようと、工場が製品を生産できなければ意味がありませんので、のこぎり屋根が復活することは、まず、ありえません。
もし、のこぎり屋根が復活するとしたら、日本の工業が中国の下請け工場化した時くらいですね。
なお、蛇足ですが、最新の工場屋根材と言えば、カラー折板から、流行のガリバリウム鋼板にシフトしてきています。
これは値段の安さもさることながら、長、長大な1枚物の屋根材を製造することが可能になったからです。
工場建設の現地に製造プラントを据え、屋根の上に板を吐き出しながら、ざっと80m超の長さの1枚板を屋根の端から端まで一気呵成に仕上げてゆく様は、壮観の一語に尽きます。
ガリバリウムは、住宅にではなく、この様な使われ方をするための材料なのです<(_ _)>