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自分の脳内の情報を機械の体の脳へ移し替え、もとの体は捨てるとします。その機械は機械になった自分自身なのか、ただ自分の記憶を持っているだけの別個体であり、自分は死んでしまったのか、どちらなのでしょうか。

哲学、倫理857閲覧

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

紹介していただいた本に興味を持ったためBAとさせていただきます。皆さん、ありがとうございました。

お礼日時:2013/5/2 21:06

その他の回答(6件)

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2013/5/2 3:32

学問として確率する程、このテーマに歴史は無い。 「チューリング・テスト」のレポートなど興味を満たしてくれるかも。

ゆえに、イノセンスの少佐はマンガっぽくていまいち設定にリアリティがなかったよね。ま、アニメなんだけど。ネットと脳味噌をダイレクトにつなぐと何が起るか、こんな感じになるんじゃないか、、、そんなところまでなら、かなりリアリティがるし、それが攻殻機動隊の魅力だったのだが、イノセントまでいったら、あれはやりすぎだ。ま、いいや、そんなことを考えながら、新たな擬体の草薙素子を待つとするか。 すんごく昔の漫画で、諸星大二郎の短編に、宇宙からやってきた未知の金属的何かに、人間が次々と襲われ、取り込まれていくというのがあった。金属的な何かの中でみんな一緒になって溶け合い、情報や精神を共有するようになって「ああ気持ちいい〜、ああ幸せ〜、君もはやくこっちに来いよ〜」みたいな感じで、追いかけてくる金属的な何かから主人公が逃げるみたいな。あれ、タイトルなんだっけかな。一時は、諸☆の単行本をすべて集めていたが、、、いつのまにか無くなってしまった。たぶん家族が古本屋に売っぱらったんだろう。もったいない。 君の関心についての学問はないな。関係しているのは、こころの哲学や言語哲学などの分析哲学の一部、そして生物学、脳科学、心理学、、、といった感じかねえ。

「情報」という言葉の意味は何でしょう。 数学や物理で公式を知っているけれど、問題の解けない人、解ける人がいます。 音楽演奏、体操競技、ゴルフ、演劇でも上手な人と、それほどでもない人がいます。 情報を他人に転送することができたとして、同じようにやれるのでしょうか。 情報を移す対象が人間であれ、機械やSSDのような記憶媒体であれ、情報を移すということで、何が可能なのか不明でしょう。 また、「新藤末男・ニューヨーク在住・18歳」を呼び寄せて脳内の情報を抹消し、「中村桜梅子・新宿区在住・23歳」の情報を全て移し変えたとして、中村桜梅子の知人や恋人は「もとは新藤末男であった人物」を中村桜梅子のように扱うでしょうか。 「マーガレットブッシュ・ロンドン在住・53歳」が(アルコールと覚醒剤常用+交通事故の脳損傷)で、痴呆状態&人格が変わったかのような状態になった場合、脳内の情報は失われたかのように見えますが、家族も知人も、その人物を脳障害を起こしたマーガレットブッシュと相変わらずみるでしょう。 生と死を主眼にしてみる場合には、生も死も情報のことは重視しません。 出産時から脳に問題があって通常の精神発達をしない、周囲の認知ができない場合でも生きていて、交通事故や脳障害などで記憶認知機能を失い生理機能も衰えてしまっても生きてると扱います。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%BB#.E5.A4.9A.E7.B4.B0.E8.83.9E.E7.94.9F.E7.89.A9.E3.81.AE.E6.AD.BB この分野を研究したいのなら、生物学などの分野を探してください。 人格とはなにかに関心があるなら、心理学や精神医学の分野を探してください。 http://www.focusing.org/jp/person_jp.html 自分の経験を振り返ると、細かくは記憶にないですが、小学校入学前、小学生時代、中学時代、高校時代と生きてきたことは確かですが、背丈筋力体型だけでなく、知識量や運動能力、判断力、感情傾向まで随分と違っていることに気付きます。 短期間でいえば交通事故で全身麻酔していたときには、通常のときとはまったく違った状態だったろうと想像出来ます。 大騒ぎをしているとき、意気消沈しているとき、哲学書?ばかり読んでいたとき、性的なことばかりに気が向いてしまっているとき、、、随分と違うように思います。 そのときはそれっきゃないという経験だったと思います。 まったくといえるほどの肉体、精神の状態が違うにも関わらず(臓器移植や美容整形などはしなくても、外見もまったく違います)。 他人と入れ替わったとは思いませんが、自分も随分変わったと思いますが、それにも関わらず、「全部自分だった」とは思っています。 機械に情報を移すというような状況ではなくて、普通の人生で、なんで自己の同一性、連続性を確信しているのか、記憶減退し老人ぼけし、見当識を失い、痴呆症になっても、やはり自分と考えるものなのか、そんなことから調べてはいかがでしょうか。

情報だけうつしかえてもなんにも起きないよ。情報だけだもん。 で、もとのカラダをすてたとき死ぬよ。それだけだよ(*^^*)

後半部分の質問に回答出来る力はありませんので、前半について思うことを書いてみます。 「機械+元自分の脳」はそうなった後、新しい記憶を生み出し蓄積していくんでしょうか。 その新しい記憶は、もし「元自分の体+元自分の脳」が存在し続けたとして、その者が、それより後、生み出し蓄積していく新しい記憶と、同じ記憶になるでしょうか。(これに関しては同じではないとおもいます。) 脳だけどこかに移植されても、本来の自分は死んでしまうのではないかと思います。 こういう考え方でいいのかどうか、自信はありません。そう感じるだけです。 これについて、どんな本を読んでいけばいいのかは、他の回答者様のご意見を参考にしたいと思います。