野口氏の仰る「ミクロの~」というコメントは、70年代の「ルーカス批判」以後の合理的期待形成理論によるケインズ経済学(というかIS-LMモデル)の衰退を意識しているのだと思います。
初等的なマクロ経済学で習う伝統的なIS-LMモデルでは、各経済主体は将来の予想に基づいて行動をする事がありません。住宅ローンを借りる人(銀行融資を受ける企業でもいいです)を例にして考えましょう。
現時点で5%の固定金利でお金を借りられる人でも、「新聞報道ではどうやら明日金利が7%に上がるらしい」と考えられる状況と、「明日金利が3%に下がるらしい」と考えられる状況では、当たり前のように行動が違ってくるはずです。前者の「明日7%」では今すぐ借りないと損だ!と借金したくなるでしょうし、後者の「明日3%」では「明日借りればいいや」と借金を先延ばしするでしょう。
しかし伝統的なIS-LMモデルでは、こうした一見当たり前の家計や企業の行動が、全くモデルの中で考慮されないんですね。IS-LMを基本にした経済モデルが「一見」過去の経済データと整合的でも、それが将来のデータにも当てはまるかどうかはわからなくなります。こうして伝統的IS-LMモデルは「理論的には」その基盤が非常に怪しいものと見なされるようになりました。
次に日下氏の「マクロ経済学は役に立たない」発言ですが、これは30年遅れて来たような新自由主義的な思考の持ち主の発言ですから、恐らく合理的期待形成理論が現実に100%当てはまる(とても非現実的な)ケースを念頭にしたものでしょう。この(非現実的な)ケースにおいては、家計や企業は財政出動やインフレ誘導的な金融政策が実施されても、将来の増税や将来のインフレを完全に予見して行動する為、消費や投資を増やそうとしませんし、商品や賃金をインフレ率と同じだけ引き上げようとします。結果、どんな経済政策も役に立たなくなると言う衝撃的な結論が生じるんですね。
ですが、実際は合理的期待形成理論が想定するような、市場のありとあらゆる情報を瞬時に取得し計算して行動するという、完全な合理的主体などほぼ存在しませんから、統計的には経済政策の影響はそれなりに出ているようです。先進国では財政政策の効果低落も言われますが、こちらはブレトンウッズ体制崩壊後の変動相場制の広がりという背景がありますから、IS-LMモデルの拡張モデルであるマンデル=フレミング・モデルで説明可能です。IS-LMモデルは理論的には深刻な欠陥を持っているわけですが、経済政策の効果を考えるという実用上は、まだそれなりに利用価値があるかもしれません。
その一方で、純粋に合理的期待形成理論をベースにし、ミクロ経済学的な基盤の上に構築されたマクロ経済モデル・・・リアルビジネスサイクルモデル(RBC)・・・は、現実経済の説明力が非常に弱い事で知られています。RBCでは技術の発展や停滞のみで経済変動を説明する為、失業者は自ら進んで失業を受け入れ、余暇を謳歌しているというような奇妙な話も出て来たりします。昨今の大不況で再び面目を失ったのも当然ですね。現在ではこうしたRBCの欠陥をケインズ経済学のエッセンスを取り入れて修正し、飽くまでミクロ経済学的な基盤を維持したニューケインジアン・モデルなどが、マクロ経済学の専門家や経済機関で用いられているようです。
さて、以上のようなマクロ経済学の栄枯盛衰に関して、国際的にも著名なマクロ経済学者であるマンキューが、実践を意識した上で解説したエッセイに「科学者とエンジニアとしてのマクロ経済学者」というものがあります。Googleで検索すれば、はてなダイアリーで翻訳に当たられた方のブログ記事が見つかると思うので、興味があれば一度調べてみるのも面白いと思いますよ。
※他の方の回答に補足すると、名前の挙がっている野口・池田・日下の3氏はマクロ経済学者ではありません。野口氏は公共経済学というミクロ経済学が本来の専門です。残り2名も単なる評論家さんですね。それに対し、小野先生はマクロ経済学の本職の専門家ですが、彼はケインズ経済学の新解釈を目指しており、不況時には(意味のある)財政政策をしろとも仰られていますし、他の3氏とは理論的ベースが完全に異なります。