アンケート一覧ページでアンケートを探す
新機能 AI回答テストを実施中! テスト対象カテゴリ:歴史・悩み相談 ※回答がつかない場合は、画面のリロードをお試しください

ベストアンサー

このベストアンサーは投票で選ばれました

画像

NEW! この回答はいかがでしたか? リアクションしてみよう

その他の回答(12件)

ぱくってるでしょうね 日本に来るまでにいろいろな宗教を吸収していって 仏教でなくなった 仏教ですから

古代エジプトでは、ト-ト神(頭が鳥で、体が人間の姿)が、西の方の楽園から来た神様で、アモンの神(頭が牡牛で、体が人間の姿)が、農耕の神様です。エジプトで、この2神は、同じ神殿に祠られていました。この2神が、混同され、アモンの神様が西の方の楽園から来た神様として、インドに伝わり、『西方浄土の主、阿彌陀如来』の元になりました。インドに伝わった時点で、既に混同されていました。 阿彌陀如来と同義の無量寿(無限=永遠の命)、無量光(無限=永遠の光)は、「イエス・キリストは、永遠の光、永遠の命」から来たと、考えられます。 阿彌陀様は、ある国の国王でしたが、『世自在王仏』の許で、人類救済の為に、国、王位を捨て、法蔵と名乗る修行者になり、本願を成就し、阿彌陀如来と成った。 イエス・キリストは、『私は、有って在る者=ヤハウェ』たる父なる創造神の許で、人類救済の為に、十字架上で人々の罪の生贄になり、処刑された。 共に、阿彌陀様、イエス様を信じる人々は、救われるとされ、他力本願です。 『チベットの死者の書』では、死後、4日目と11日目に、『バガヴァ-ン・アミタ-バ(=阿彌陀仏)が、迎えに来て、『幸福の西方国土』へ導くと、そして、それは、非常に輝かしく眩しい光であるとも、記述されています。 尚、無量光明土=極楽浄土です。 他方、仏教の開祖、お釈迦様は、自身の死後、自身の葬儀を行う事も、仏弟子達が、その葬儀に参加する事も、禁止されました。そして、教えの中心は、「全ては、絶対では無く、無常であり、誰でも、生老病死がある」と!人生論です。 なので、浄土真宗(浄土宗も含めた阿彌陀如来信仰)は、キリスト教のパクリでは無く、古代エジプトの神話と、キリスト教が、合体し、仏教化された教えであると言えます。 日本へ仏教が伝わった当時、または、浄土真宗が登場した.見真大師親鸞師が生きた当時に、インド&エジプト神話を調査していませんし、できませんでした。でも、現在は、古代オリエント史&比較宗教学の立場で、世界中の宗教&神話を見て、確認する事が、できます。正確には、仏教は、お釈迦様が開祖ですが、元の神話が、インド由来であるとは、断定できないのです。名称も、アモンの神様→アミタ-バ→阿彌陀仏!と、変わり、西の方の楽園→西方浄土となりました。

そういう研究は真面目にあります。しかし、「シンデレラ」に似た昔話が世界中にあるのを「伝播」では完全には説明できないように、似た内容の宗教に就いても同じことが言えるはずです。むしろ、人間の救済や真理に関しての探究が、同じような結果に導かれたとするのが妥当だと思います。

ID非公開

2010/1/29 0:26

一神教は神がいて人ができるのでしょうが、浄土教は衆生を憐れんで法蔵菩薩が弥陀仏をなられるのです。 逆な物をパクリとは言わないでしょう。